【画像】新セリナの生い立ちと大学時代|競泳経歴(阿部星架時代)から薬物逮捕
新セリナ(旧名義:青木桃)の生い立ちや大学時代のアスリート経歴、そして突如報じられた薬物逮捕の事件について気になっている方も多いのではないでしょうか。
幼少期から17年間にわたり水泳に打ち込み、ジュニアオリンピックやインターハイ出場といった華やかな実績を残しながらも、怪我による引退を機にセクシー女優へ転身し、最終的に麻薬取締法違反の疑いで逮捕されるという異例の経歴を辿っています。
この記事では、彼女の生い立ちから競泳選手としての活躍、大学時代での挫折、そして事件に至るまでの事実関係を時系列に沿って詳しく整理しました。
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- 3歳から始まった17年間の水泳生活とジュニアオリンピック・インターハイ出場の実績
- 競泳の名門・山梨学院大学進学と怪我による競技生活からの事実上の引退劇
- 表現へのこだわりと三上悠亜への憧れから始まったSODクリエイトでのデビュー経緯
- 2026年に豊島区のホテルで発覚した六代目山口組系暴力団幹部とのコカイン所持・使用逮捕事件
新セリナの生い立ちと大学時代までの歩み

新セリナは1998年11月30日、北海道小樽市で誕生しました。
幼少期から水泳の英才教育を受け、トップアスリートとしての階段を駆け上がっていった生い立ちを持っています。
ここでは、彼女が水泳と出会った3歳から、競泳の名門である大学時代に怪我で競技生活を終えるまでの壮絶な半生を詳しく解説します。
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3歳から始まった水泳生活と小中学校時代の努力

新セリナが水泳の世界に足を踏み入れたのは、わずか3歳の時でした。
北海道小樽市で生まれた彼女は、幼少期から水に親しむ環境にあり、小学生時代は主にアーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)の練習へ情熱を注ぎ込みました。
当時の生活は水泳一色であり、学校の授業が終了するとそのままプールへと向かい、夜遅くまで厳しいトレーニングを重ねる日々が日常となっていました。
アーティスティックスイミングは、卓越した水泳技術だけでなく、水中で体をコントロールする高度な柔軟性、筋力、そしてリズム感や表現力が総合的に求められる競技です。
放課後の時間のすべてを練習に費やす過酷なスケジュールのなかで、彼女は基礎的な体幹と体力を徹底的に鍛え上げていきました。
その努力は早期に花開き、小中学校時代には全国レベルの登竜門である「ジュニアオリンピック」への出場を果たすまでに成長しました。
ジュニアオリンピックは、日本水泳連盟が主催する18歳以下の競技者を対象とした全国最高峰の大会であり、各地域ブロックの厳しい標準記録を突破した選手しか出場権を得ることができません。
この大会への出場を果たしたことは、彼女が同世代の中でトップクラスの水泳選手であったことを証明しています。
水中で自己を表現する表現技術と競技者としてのストイックなメンタルは、この小中学校時代の熾烈なトレーニング環境によって確実に形成されていきました。
ジュニアオリンピック出場と札幌大谷高校での活躍

小中学校時代にアーティスティックスイミングで全国レベルの実績を積み重ねた後、彼女は主戦場を「競泳」へと本格的にシフトしていきました。
競泳競技でのさらなる高みを目指すため、高校は競泳の名門校として知られる「札幌大谷高等学校」への進学を選択します。
札幌大谷高等学校は、北海道内でもトップクラスの水泳施設と強力な指導体制を揃えており、多くの全国大会出場者を輩出している伝統校です。
アーティスティックスイミングから競泳への完全な転向は、使用する筋肉や呼吸法、タイムを競うメンタリティの違いなど、多くの適応が求められる挑戦でした。
しかし、幼少期から培った水感を武器に、競泳種目においても瞬く間に頭角を現すことになります。
高校時代の練習環境は非常に過酷であり、朝練から放課後の本練習、さらには休日返上での強化合宿など、常にタイムとの闘いでした。
札幌大谷高校の競泳部に所属していた期間、彼女は指定強化選手としての指定を受けるなど、将来を大いに期待される存在となっていきました。
アーティスティックスイミングで培った水水中での身体能力と柔軟性は、競泳競技への転向後もタイムの向上に大きなアドバンテージとして作用しました。
部活動の仲間や指導者とともに全国の舞台を目指して練習に明け暮れた高校時代は、彼女のアスリートとしての基盤をより強固なものへと昇華させました。
インターハイ出場を果たしたアスリート実績

札幌大谷高校在学中における最大のハイライトとなったのが、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)への出場です。
インターハイの競泳競技は、全国各地の予選を勝ち抜いた精鋭のみが集う高校スポーツにおける最高峰の舞台であり、オリンピック選手への登竜門としても位置付けられています。
彼女は公称170cmという恵まれた高身長と手足の長さを生かしたダイナミックなフォームで、全国の強力なライバルたちと渡り合いました。
一般的に、競泳競技において長身であることは、ストローク長(一回のひとかきで進む距離)を大きく取れるため、非常に強力な物理的アドバンテージとなります。
長年のハードトレーニングによって培われた筋力と長身を生かした独自の泳法は、記録の更新に大きく貢献しました。
激しい予選大会を勝ち抜き、インターハイのスタート台に立った実績は、単なる部活動の枠を超えた「本格派アスリート」としての証左に他なりません。
北海道代表として全国の舞台に挑んだ経験は、彼女の自信となると同時に、スポーツ界における将来の可能性を大きく広げることになりました。
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山梨学院大学への進学と怪我による競技引退

高校卒業後、彼女は日本の競泳界において屈指の強豪校として知られる「山梨学院大学」へと進学しました。
山梨学院大学の水泳部は、これまでに数多くのオリンピックメダリストや日本代表選手を輩出してきた名門中の名門です。
最高峰のトレーニング環境と高度なスポーツ科学に基づいた指導を求めての進学であり、大学でも競泳指定強化選手としてさらなる躍進が期待されていました。
| 時期・年代 | 所属・学校 | 主な競泳実績・トピックス |
|---|---|---|
| 小中学校時代 | 地元クラブ等 | アーティスティックスイミングに傾倒、ジュニアオリンピック出場 |
| 高校時代 | 札幌大谷高等学校 | 競泳種目へ本格転向、全国高校総体(インターハイ)出場 |
| 大学時代 | 山梨学院大学 | 競泳指定強化選手として在籍、怪我により17年間の競技生活を引退 |
しかし、大学進学後に彼女を待ち受けていたのは、過酷な練習による身体への負荷と、それに伴う深刻な「怪我」でした。
トップレベルの大学競泳界における練習強度は非常に高く、ミリ単位でのフォーム修正や限界を超える負荷が日常的に課されます。
過度なトレーニングの蓄積によって生じた怪我は、競技の継続を困難にするほど重症化していきました。
医師や指導陣との相談、そしてリハビリの試みも虚しく、トップコンディションで泳ぐことが不可能となった彼女は、最終的に競技生活からの「事実上の引退」を決断することになります。
3歳から17年間にわたって人生の中心にあり続けた水泳から離れるという選択は、彼女の人生における最大の転換点となりました。
17年間の水泳人生を終えた当時の葛藤

17年間という人生の大半を捧げてきた水泳を突如として失ったことは、彼女の精神面に計り知れない衝撃と空虚感をもたらしました。
それまでの生活は、朝から晩まで水泳を中心に回っており、目標も常にタイムの更新や大会での勝利に置かれていました。
「アスリートとしてのアイデンティティ」を失ったことで、「次に何を目標にして生きるべきか」という深刻な葛藤と進路への悩みに直面することになります。
大学での生活を続けながら新たな道を探すなかで、彼女の関心はそれまで触れることのなかったエンターテインメントや芸能関係の世界へと向かい始めました。
「目立ちたい」という本能的な欲求や、スポーツ以外の分野で自己の価値を証明したいという思いが、次第に強まっていったとされています。
水泳という明確な目標を喪失した大学時代の挫折と心理的葛藤が、後のAV業界への転身という予想外の進路選択へと繋がる直接的な伏線となりました。
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新セリナの生い立ちから大学時代を経てデビュー!薬物逮捕まで

大学時代における怪我での引退劇を経て、新セリナはアスリートからエンターテインメント業界へと活動の場を移しました。
「青木桃」としての衝撃的なデビューから頻繁な改名劇、そして最終的に衝撃を与えた麻薬取締法違反による逮捕に至るまでの後半の足跡を詳しく辿ります。
演劇経験と表現への興味を深めた時期

競泳選手としての競技生活に幕を下ろした後、彼女は新たな自己表現の模索として一時的に演劇の世界に足を踏み入れました。
水泳という決められたルールとコースの中でタイムを競う競技とは異なり、演劇は感情や身体全体を使って観客にメッセージを伝える文化活動です。
舞台や演技のレッスンに触れるプロセスを通じて、彼女は「身体を用いた表現行為」そのものに対して強い関心と魅力を抱くようになりました。
長年のトレーニングによって鍛え上げられた170cmの長身と肉体は、演技や舞台上でも異彩を放つ要素となっていました。
表現者としての可能性を探る中で、「裸になることで表現の幅がより広がるのではないか」「綺麗な映像として自身の姿を記録に残したい」という独特の美的価値観が芽生え始めました。
この演劇経験を通じた心理的変化が、単なる芸能志向を超えてセクシー映像業界という極限の表現領域へ足を踏み入れる精神的な下地となっていきました。
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芸能関係やAV業界に惹かれたきっかけ

大学時代に業界関係者と出会ったことが、AV業界への転身を具体化させる直接の契機となりました。
「やらない後悔よりやって後悔」という彼女自身の価値観に加え、「人前に立ち、強く目立ちたい」という欲求が後押しとなりました。
また、元セクシー女優として成功を収めた三上悠亜への強い憧れも、業界入りを決意する大きな原動力となっています。
17年間にわたる水泳生活で培われたアスリートとしての肉体美を、映像という形で残すことへの自信と強い希望が存在していました。
競技引退後の葛藤の中で抱いた「目立ちたい」という情熱と表現へのこだわりが、AV業界という異例のキャリアを選択する決定打となりました。
こうして彼女は、アスリートからセクシー女優というまったく異なるジャンルへの挑戦を決意するに至りました。
旧名義である青木桃としての芸能界デビュー

2021年7月13日、彼女は「青木桃(あおき もも)」の名義にて、SODクリエイトから配信先行という異例の形で華々しくデビューを果たしました。
デビュー作は「一流競泳選手 AV DEBUT 全裸水泳2021」と銘打たれ、同社の代表であり監督でもある野本義明が自らメガホンをとる一大プロジェクトとなりました。
東京オリンピックの開催直前というタイミングに合わせるため、異例となる延べ14日間の撮影期間が費やされました。
撮影当時は緊急事態宣言下であり、予定していたプール施設が閉鎖されるなどのトラブルに見舞われましたが、関係者の手により絡みシーンが可能な屋内プールが確保され、無事に撮影が完了しました。
ビデオパッケージの流通に先駆けて配信されたデビュー作は、「現役級のアスリートによるデビュー」として業界内外で非常に大きな反響を呼びました。
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アスリートの経歴を活かした独自スタイル

デビュー後の彼女は、170cmの高身長と引き締まったスレンダーボディ、そして「元競泳指定強化選手」という異色の肩書きを最大限に生かした活動を展開しました。
光文社『FLASH』が発表した2021年セクシー女優ランキングでは第36位にランクインし、新人として確固たるポジションを確立します。
また、水泳以外の特技としてヨガの指導資格も保持しており、スポーツクラブでの勤務経験や演劇経験を生かした多角的なアプローチを行いました。
2022年11月には、神奈川県横浜市に会員制パーソナルジム『PULCHRA』を開業するなど、フィットネス業界実業家としての側面も見せていました。
単なるモデルにとどまらず、身体作りのプロフェッショナルとしての実績を活かした独自のスタイルは、多くのファンから評価されました。
改名や事務所移籍を重ねた活動の軌跡

デビュー以降の彼女のキャリアは、数多くの改名と所属事務所の移籍によって彩られています。
2022年6月に専属契約を解消してフリーランスとなった後、同年10月には「朝日芹奈」へ改名し、芸能事務所GGへ所属しました。
その後、2024年3月にはバンビプロモーションへの移籍に伴い「堤セリナ」へと芸名を変更しています。
最終的に2025年4月、大手プロダクションであるLINXに移籍したタイミングで現在の「新セリナ」という名義が定着しました。
| 時期 | 活動名義 | 所属事務所・主なトピックス |
|---|---|---|
| 2021年7月 | 青木桃 | SODクリエイト専属としてデビュー |
| 2022年6月〜10月 | 朝日芹奈 | フリーランスを経てGGへ所属 |
| 2022年11月 | 朝日芹奈 | 横浜に会員制パーソナルジム『PULCHRA』をオープン |
| 2024年3月 | 堤セリナ | バンビプロモーションへ移籍 |
| 2025年4月 | 新セリナ | LINXへ移籍 |
| 2025年以降 | Momo Sakura | 『BLACKED RAW』など海外アメリカ作品へ出演 |
さらに、2025年以降はアメリカの映像レーベルである『BLACKED RAW』などの作品において「Momo Sakura」名義で出演し、活動の幅をグローバルに広げていました。
新セリナの薬物逮捕事件の真相と暴力団幹部との関係

海外進出やジム経営など順風満帆に見えた活動の陰で、2026年8月に衝撃的な事件が表面化することとなりました。
2026年8月25日、東京都豊島区内のホテルの一室において、微量のコカイン(およそ0.7グラム)を所持していた疑いが発覚します。
さらに、東京都内においてコカインを使用していた麻薬取締法違反の疑いにより、警視庁によって電撃的に逮捕されました。
麻薬取締法違反(所持および使用)の疑いにより、警視庁によって逮捕されたことが大きく報じられました。
この逮捕劇において特に社会的な衝撃を与えたのが、事件現場で共犯として同時に逮捕された人物の存在でした。
警察の発表によると、逮捕時に同行していたのは指定暴力団・六代目山口組系の現役幹部の男であったことが判明しています。
アスリート出身の人気セクシー女優が、裏社会の暴力団幹部と交友関係を持ち、違法薬物を共謀して所持・使用していたという事実は、ファンや関係業界に甚大な動揺をもたらしました。
業界内では真面目で負けず嫌いな性格として知られていた反面、事務所の移籍を繰り返す中での人間関係や環境の変化が、事件の背景にあった可能性が報じられています。
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新セリナの生い立ちと大学時代|競泳アスリートの経歴(阿部星架時代)から薬物逮捕まで・まとめ
新セリナは3歳から17年間にわたって競泳に打ち込み、ジュニアオリンピックやインターハイ出場といった実績を残した人物です。
山梨学院大学時代に怪我で競技を引退した後、青木桃としてデビューし、改名を重ねながら海外進出やジム経営など多角的な活動を展開していました。
しかし、2026年8月25日に東京都豊島区のホテルにてコカイン約0.7グラムの所持および使用の疑いにより、六代目山口組系暴力団幹部の男とともに警視庁に逮捕される結果となりました。